母と娘の眉物語


たらちねの母が眉毛の可笑しかりけり (朋子)


今年はお盆に田舎に帰った私。
今年のお盆、最大のミッションを発表しよう。
それは「母の眉毛を整えてくる」こと。
のら犬に眉毛をかいたとしよう。
想像して欲しい。
かわいそうだ。
誰がこんないたずらをしたんだろう。
ひどいなぁ。
でもちょっとおかしい。くすくす。
‥というのを私は「犬眉」と称す。
母は天然の犬眉なのだ!
加えて、野生のように縦横無尽にはえているので、
顔を洗ったあとは毛がしとどに塗れ、美しい「八」の字を形成する。
どこの達筆家が描いたのかと思うほど、すばらしい筆文字の「八」だ。
「犬眉」かつ「八眉」。
これは私がなんとかしなければ、
‥と、ふた月前に母と会った時に思っていた。
ワタクシ、犬眉八眉の長女、トモコといいます。
平安時代には絶世の美女ともてはやされた「マロ眉」。
流行にのり遅れること1200年余。
やっとこの世に生をうけました、マロ眉のトモコ。
時代遅れにもほどがある「マロ眉18号」の(数字に意味はありません)
ワタクシが、現代人の眉に偽装するために、
どれだけの血と汗と涙を流してきたことか。
「マロ眉」を克服し、自信をつけた私は、
「犬眉」でも腕だめしがしたくてしょうがない。
プロの庭師が、家族の庭の手入れをおこたってはいけない。
(多分どっかの国のことわざにあるに違いない)
いってみればこれは顔のガーデニングだ。
うちの母は、基礎はそんなに悪くないはずなので
眉さえ整えれば、もう少し良くなると思う!
前置きが長くなりましたが、私は、
必殺眉用七つ道具を入念に磨きあげ
スーツケースに入れ、田舎へと降り立った。
そして、母に迫った。
「お母さん、眉毛やったげるよ。」
できるだけラフに、フレンドリーに切り出してみた。
恐怖感は禁物だ。
なんでもないことだよ。
さぁ、歯を磨くような気持ちでやってみようよ。
レッツ眉!
ところが、母の言葉は思いがけないものだった。
「あー、お母さんね。眉はこれがいいの。」
ええー。そんな‥。
それは一体どういう美意識だ?
誰ゆずりの美意識だ?
母は着物などを売る接客業もしている。
接客する人が、その眉でいいとな?
いや、よくないだろう!
絶対よくない!
「眉をちょっとやるだけで、だいぶあかぬけるから。」
それ、もう一押しだ。
母をもうちょっとだけ美しく!
「お母さんね、接客業でしょ?
 だから、お客さんより美人になっちゃいけないのよ。」
ひえぇー。
なんと!
そのあと聞いた話がすごい。
母は、一度、眉を美容院で整えてもらって
とってもいい気分で会社へいったことがあるという。
すると、母の上司がツカツカやってきて
「あなたがきれいになってどうするの!
 お客さんをきれいにする仕事でしょう!」
と怒ったそうなのだ。
母は「そうか!」と納得して、今では母の額の庭は
野放図に放置され、今に至っているというわけだった。
そんなわけで、今回のミッション。
「母の眉を整えてくる」は失敗に終わったのでした。
接客業の奥深さを思い知った今年の夏も、
もう終わろうとしている。