カースト制度体験レポ2

役が決まった後は、長い長い待ち時間となります。
公園にエキストラ用の屋根だけのテントが立っていました。
その下に総勢30~40名が満員電車さながらにつめこまれます。
2時間近く、立ちっぱなしだったでしょうか。
待ち時間が長かったので、エキストラの中に、
劣等感や、優越感が生まれてきました。


私達かばん組は、メイクもしていないし、
服装もみすぼらしいので居心地が悪いのです。
そして、この先待っていても与えられた役は通行人だし、
自分があまり評価されなかったという気落ちもあって、
会話も途切れがちになってしまいます。
一方、華やかなメイク組は、ちょっとしたコスプレ遊びに浮き立って
「こんな格好したの初めて!」と声高に会話をしています。
散髪組も、これからはじまる恵まれた撮影への期待感からか、
自然と談笑がはずんでいました。

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劣等感や優越感を産む出来事は、待ち時間の間に何度かありました。
ひとつは、エキストラとスタッフの関係です。
エキストラは狭い場所に立ちっぱなし。
反面、撮影スタッフは、お茶やお菓子を食べたり、
広いところでくつろいだり、束縛感が全然違うことです。

束縛感。


ちょうど世間は通勤通学の時間にさしかかっていて、
時代錯誤な格好をして突っ立っているエキストラ集団は、
通行人の注目をしきりに浴びていました。
あるスタッフがエキストラを見て、
「俺、修学旅行の引率に来てるみたい。」と話していましたし、
衣装担当スタッフが最終チェックで何度も見回りにやってきて、
そのたびに値踏みするような目で私達を見てゆくのです。
そして、洋服が似合わない、髪型が変だ、といって、
時折、何人かをどこかへ連れ去ってゆきます。
こちらとしては、修学旅行というよりも、気分はアウシュビッツでした。
「ガス室だよ。あの子達はガス室に連れて行かれたんだよ。」
と、一人で遊んでいました。
もちろん、そんなことはなく、連れて行かれてもすぐ戻ってくるのですが。

集団行動。


スタッフが見回りにくると、もしかして、
しがないかばん組でも、
集会所の中の役への昇格があるかもしれないと思い、
かばん組達は一様に「いい顔」をします。
やっぱり、自分のことがかわいくてしょうがないんです。
人間ってそんなものです。
かばん組は、たまたまテントの外周側で、
撮影場所がよく見える好位置に立っていました。
上昇志向が一番強い組だったせいかもしれません。
スタッフからも見えやすく、アピールしやすい側に立っていました。
ところが、見回りにきたスタッフが眉間に皺を寄せて言いました。
「かばん組は奥に下がって。散髪組とメイク組、前へ。」
かばん組の空気がシュンとしぼみました。
スタッフは、やはり散髪組とメイク組にしか興味がないのです。
これでかばん組昇格の機会は失われました。

その時のかばん組の気持ち。


ようやくスタッフもエキストラが疲れていることに気づいて、
みんなが座れるように地面にシートを敷いてくれました。
水も飲めるようにしてくれました。
しかし、狭い場所にひしめきあって、さらに「待ち」は続きます。
せっかく座る許可が出たのに、座らない人達がいました。
それは、今回のエキストラの中では最高に身分の高い役
「集会所のウェイトレス役」についた女の子二人です。
二人はかわいい制服を着ていました。
「座らないんですか?場所ありますよ。」と声をかけたのですが、
「座っちゃうと、スカートにしわがよって、
 衣装さんにご迷惑をかけるので、私達はいいです。」
と言って断られてしまいました。
自分達はこころざしから違うのよ、ということなのでしょう。
えらいなと思った反面、私の心にはじくじくしたものが…。
この時でした。
私の脳裏に、黄金に光り輝くカーストの三角形が見えたのは!



たった数時間で、こうも人は変わるのでしょうか。
受刑者役と刑務所スタッフ役の心理実験を描いた映画を思い出しました。
人格が環境要因で出来上がる、ということをひしひしと感じました。
私が、最下層のかばん組で、すっかり卑屈になって、
アウシュビッツを連想していることが一番の大きな証拠です。
撮影がはじまって、かばん組は立派に通行人を演じました。
通行人といっても、集会所のガラスごしの通行人の役だったので、
ガラスに影が写るか写らないか、という程度の出演。
しかし、私はかばんをちょっと人とは違う斜め持ちにして、
個性をアピールしながら歩きました。
ちっちゃいけれど、役者魂です。
何時間も待ったのに、出番はほんの数分で終了しました。

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撮影が終わって、みんな着替えると、
さっきまであったカースト制はどこへやら。
私も地味な服を着替え、臨時メイクをほどこすと、
人心地がついて、普通の人間としての自信も戻ってきました。
スタッフの皆さんも、笑顔で「お疲れさまでした!」
と言ってくれて、みんな平等な世界になりました。
人間の心って、本当に駄目駄目です。
立場が与えられると、いばったり、卑屈になったり、優越感をもったり。
いつも普通でいるってことはできないもんですね。
自分らしくいることがこんなにも難しいとは!
解散したのは、ちょうど正午。
さっきまでの異常な状態は幻?と思いながら
お昼の日差しに目を細めていたら、
戦友のかばん組の女の子が声をかけてきました。
意気投合したので、二人でランチを食べて帰ることに。
そこでかなり深く長く話し込んでしまいました。
普段、誰にも話したことのない秘密を語ってしまうほど、
急速に仲良くなってしまいました。
あの異常な状況下で生まれた連帯感のせいでしょうか。
話から推理すると、私より10歳年下のようでしたが、
まるで10年来の友達のようになってました。
その後、名前も聞かずに別れました。
エキストラの後は、毎回熱が出て寝込むのですが、
こんなはずれの日があっても、
撮影現場は私にとって、今、最もわくわくする場所なのです。
しばらくはやめられませんね。
はい。